子供。

感情が並立って仕方がない次の季節への繋ぎ目。

好きな季節「秋」なのに。

バイトがオフなので、仕事終わりに純子と、もつ鍋を食べに行った。

「今度もつ鍋食べに行かない?」と誘われて、上手にその約束を果たせただけで自分が嬉しくなる。

純子とは幾度となく、スピリチュアルの話をたくさんしてきた。

精神世界を学ぶ為、三年前にインドへ一か月滞在した純子は、帰国した二か月後、凛音を腹に宿した。

今でも忘れない、私の店のトイレから、陽性に反応した妊娠検査薬を手にして出て来た純子のこと。

会うたびに可愛くなる凛音のことを私は愛しく思う。

親子の関係について純子と語りながら、様々な世の中の悪やしがらみは、すべて幼少時代の愛情不足に関連すると私たちは行き着く。

完全でない人という者が、ゼロから人一人育てるという生態系に与えられた奇跡は、答えをひとつとはしないけれど、愛情という不確かではない無償は、どれだけ人の成長や感性に影響するかは、計り知れない。

シンプルすべてを持って生まれてくる天使たちを、「生まれてきてくれて有り難う」と包みこむ事は、自分さえ祝福し、癒し、包みこむんだ。

そんな感情を持ち帰り、聖駒の家へ。

幼児教育を学び、子供の成長に関わる仕事をしていた聖駒先生は、その会社を退社し脱サラ後も、この街で「体操」を通して幼児教育にたずさわっている。

ちょうど今日の体操教室のメニュー、おしりかじり虫の振付を考えていた。

何度も繰り返し童謡を再生し、体操を考える聖駒先生の密な作業を邪魔にならぬように傍観す。

現場で明るく陽気であろう聖駒先生の裏方作業。

幼児教育の根本と、そして聖駒自身の思う親子のあり方がミックスされ、ひとつのオリジナルが出来上がっていく。

指導員の性質は様々であろうけれど、聖駒自身の理念を知っているだけに安心して傍観している。

「よし出来た、一緒にやろう」と言われて、おしりかじり虫を一緒に踊ってみる、私、子供役。

親子体操。親子のエクササイズ。

お母さんは子供を持ち上げたり、高い高いしてみたり、結構ハードだろうなと思ったけれど、現場で笑みが絶えないだろうなと思った、特に子供がね。

スキンシップ。

お母さんと子供のスキンシップ、触れ合う。
引っ込み思案な子供でも、踊りならば触れ合う事になら照れはないかも。

その後、幼児教育について、純子と話し持ち帰った事を伝えた。

要するに愛情不足が根源であること。

「そうなんだ、愛情に満たされている子供は、与えられたものを素直にやってみよう!と飛び込んでいける。楽しめる。でも、満たされていない子は表現する事に先に抵抗して、パンチとかキックとか手が出てしまう。伝え方がわからないから、そういう手段で気付いてもらおうとする」

もどかしいほどの子供の不器用さである。

「子供は汚すものだと思うから、服なんか洗えばいいしって思うけど、『ほらまた汚した!』ってお母さんが子供を叱る。アリスに来た子供にしても、私はいろいろ触ってみても、まぁいいかって思ってしまうんだけど、やっぱりお母さんってのは店の事を思って、触っちゃダメ!ってオロオロしながら叱るんだよね、でも、お母さんにとっては、それが365日であって感情のコントロールを維持するのは難しいだろうから、子供もいない私がお母さんの苦労に関わるのも難しいし」

「子供は話せば絶対にわかるから、何故、この店では触っていいのかを明確にしてあげたらいいよ」

「なるほど、先につなげないといけないね」

「そう。霧ちゃんの店は触っていいけど、他の店では触っちゃいけないんだって。どうして霧ちゃんの店では触っていいの?どうして他の店では触っちゃいけないの?って、聞かれたら、『霧ちゃんとあなたは友達だから、他のお店の人とあなたは友達ではないから』で良いんじゃない?」

「なるほど、そうすると社会性も教えられるかもね」

愛情とゆとりを持っていたら、子供にきちんと言葉で教えようという愛情が生まれる。

言ってもわからない、子供だからは、思い込みに他ならない。

友達だってそうだ、言わなきゃ伝わらない。

相手を想って言葉を飲み込むのは思いやりのひとつだけれども、

言っても仕方が無いは愛が無い。

人はこうでありたいシンプルをまんま持ってる「子供」という神髄。

親は子を見て育つ、まさに、ね。

お尻とお尻でお知り合い〜、カバとカバでかばいあい〜!♪

10分。

午前中、チコの家に寄ってみた。私はいつも、玄関からでなく、チコの部屋の窓から突撃潜入する。

もちろん、アポなし。

ちょうどチコは厚化粧をしている途中だった。午前中のこの時間に、メイクをするというルールを作っているらしい。

チコらしいと思いながら、チコのベッドにゴロンした。ちょうど、ゴロンした角度から青空が見える。

10分だけ眠ってしまった、チコのベッドは何故か眠たくなる。

今日は本当に今から仕事なのかというオフモードが入ってしまう、落ち着き過ぎて、こりゃいかんと腰をあげ、おいとました。

隣にいるのが当たり前だったチコに、わざわざ逢いにくるのも、それはそれでオツナモノ。これはある意味、私の「とっておき」である。


昨日は、気ぜわしかった。ココロがクルクル回転反転して、誰かの心にシンクロしまくって、様々な誰彼の不安が、いろんなトコロから押し寄せてきて、哀しみも優しさも、波のように嵐のように。

失恋をした男性が、涙も鼻水も洪水のように流しながら、力まかせに泣く姿は圧巻だった。

「苦しい」と言ってしまえるのは、素直で羨ましいなとも思いながら。

「好きなヒトの幸せがすべて」なのだと綺麗な言葉を呟きながら、こんなに泣くのだから、苦しくて苦しくて、今日その人は、どんな顔で仕事しとるんやろうか。

・・・・・意外と、スッキリした顔で仕事しとる気がする・・・。

そして、私も私の場所へ出勤。

表をほうきではわいていると、クラクションが鳴った。

振り返ると、トラックである。

どこかの業者の知り合いのオッチャンかなと思い、目をこらすと、

運転席には、オッチャンはなかなかやらないであろう奇抜なヘアスタイルの職人が。

右ハゲ、左ウェービーの都倉であった。

満面の笑みで、アリス前にトラックを横付け、

「どっか、行くかい?!!」

「行きますか!」

都倉、現場休憩中の、埃っぽいトラックで10分だけのドライブである、ワラ。

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「元気だったかい?」

「元気ばい」

結構意外と、久しぶりだったのである。

「このトラック、関係者以外乗ったのハジメテじゃないかな」

「高いトコロから失礼します、って、景色はいいねぇ」

「だろ!」

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そして、周辺をグルっと一周すると、都倉は私をアリスに降ろし、「じゃ!」と、満面の笑みで現場へ帰っていった、ワラ。

「あの笑顔が大好きなのぉ!」と目がハートになっているマキマキさんに、「そうでしょうねぇ」とテレパシーを送ってみた。

会話はほとんど無かったけれど、印象的な一瞬に、なんとなぁく感謝である。

あ!今日何日?!都倉も真紀子も給料出てんじゃん!

ふ〜ん・・・、しめしめ・・・・

タイトルなし

肌に感じる風が冷ややさを帯びる頃、

私もあの子も、やり過ごした頃へ帰らされる。

慣れるのだ、この季節の連れ立ってくる言いようがない足跡にだって。

哀しいかな、慣れるのだ。

それでも、すぐあとにホッとするんだ。

そうだった、今、淋しくない。

大丈夫、一人じゃない。

呼べば、誰かがきっと抱き締めてくれる。

どんなに夜がふけたって、きっと誰かが側にいてくれる。

誰もいなかったわけじゃない、呼べなかったんだ、間違えてはいけないと思い込んでいたんだ。

呼んではいけないと思い込んでいたんだ、...でも、もし呼んで来てくれなかったなら、私、いま、どんな子になってたかなぁ。

そっか、それを知るのが怖くて呼べなかったのかぁ。

こんな風に思い巡らせば、君の淋しささえ流れ込んで来たよ。

だから手を繋ごう。

一人残らず独りにするもんか、ばかやろう!

メッセージ。

なんとなくフワリとだけど、一度しか会った事のないアナタのことを毎日、考えていたりしてました。

あなたが送ってくれた密かなメッセージを、あなたのSOSだと受け止めてしまうには、あなたに対しての情報量があまりにも少なく、そして自惚れでは無いかとも思えば、私の中でせき止めるしかないわけで。

でも、どうしても個人的に気になってしまう「笑顔の型」というものがあって、別れ際にふいに見たアナタの笑顔が、外見と内面のギャップがある「型」のヒトだと、勝手に想像し、それでも、通りすがりに近い出会いだと思っていたので、私のその日の夜に、あなたの美しい笑顔は泡となって消えていきました。

でも、あなたが、この広い空の下で、私の所在を見つけてくれた事は、ひとつの「縁」と他ならないわけで。
そうして、何故、あなたがまた、私のような者に、「闇」を今、分けてくれたのかと思うと、

やっぱり、私がここ数週間に感じていた、どこか気になる女性である事を認めてしまうわけで。

どんな風に暮らしているの?

あなたが発した言葉は、あなたが、「幸せになるために生まれてきた」いち一人として、見過ごすわけにはいかない「リアル」じゃないかなと思っています。

私は、あなたのメッセージを受け取っているだけでいいの?

顔が見えないわ、声が聞こえないわ。

文字のなかに、劣等感を閉じ込めるのは、決して、あなたを幸せにはしてくれない。

あなた自身から発する、深い深い孤独が、いま、この地で私にシンクロしています。

なにかを変えたいなら寄り添うよ、

聞いてくれるだけでいいと言うなら、私も苦しいよ。

人生は思ったより永いよ。

死ぬ瞬間だけ、「短かった」って思えばいいよ。

夜は永いよ。

永い永い時を、たったひとりのアナタは、もっと尊いものだと知ってるから、苦しいんだよ?

なにも感じてないなら、私なんかに言葉を届けてこないはずだよ。


そんなに綺麗な顔で生まれてきて!背も高くって!めちゃくちゃ、羨ましいよ、ワラ!

あなたは、

幸せになるために生まれてきたの!

合言葉はこんなにシンプルでいいの、シンプルは難しくて当然なの。

あなたが一番ほしいもの、言葉にして教えて。

あなたが掴むより諦めるのが楽ならば、私にメッセージ送ってこないんじゃないかな。

違う?

必要とされたら、頼りになりたいのは普通のことだよ。

結果、中途半端になるかもとか先から気にしてたら、なにもできないもん。

結果、中途半端になったら、あとで謝るよ。

すまんこってす、でも、これも愛だよ。

基本、中途半端な人間ですし。

所詮、私だって、答えまで遠いよ、苦しいよ、でも探すのはやめてないよ。

気になるよ、なにか問題ある?私の勝手だよ。

シンプルを一緒に探しませんか?

また、メッセージ待ってるね。

でも、ゆっくりでいいからね。

理屈。

盆休みとすれ違って帰省した二人の友人。

千葉の明日香と、兵庫のみゆき。

二人とも、アリスにて30分程度しか会えなかった。

時、場所それぞれに、同日に帰るべき場所へ帰っていった。

二人がそれぞれに飛行機に乗る前にくれたメールは、

「人の事ばかり考えて、頑張りすぎないでね。心配だよ」

内容がかぶってて、くくくと笑ってしまった。

私のイメージは、昔からこういう事らしい。
人の事ばかり考えてるつもりは無いんだけど、よく言われるフレーズは、映し鏡のようなものでしょうか。

本当にそんなつもりは無いんだけど。

とにかく、自分がおせっかいな事は知ってる。

気になるんだ。

先日も奈緒に言われた。

「大切な人が多過ぎるよ」

出て来た返答は、「だって、みんな好きなんだもん」

好き。

まさに仕方の無いことの基本型、「好き」だけは頭じゃ動けん。

好きなんだもん、それだけで片付いてしまう。

恋バナだってそうだ。
「彼がこうであぁで、こうなの、だからこうであぁなの」

「苦しくない?」

「でも、好きなの」

じゃあ仕方ないね、と言うしかない。

あなたが好きなら、頑張るしかないね、って。

だって好きなんだもん、か。

なんて強い言葉。

ふわりとしていながら説得力のあるフレーズ。

理屈じゃ、頭じゃどうにもならない衝動が自身の本質。

理性だけでは、情熱に届かない。

だから、そんな愛おしい人たちが好きなんです。

理屈じゃどうにもならない事の、味方でいたいのです。

私の毎日も、

理屈じゃどうにもならない事ばかりです。

屁理屈を正論化する術も持っておらず、

理想論さえもハードル下がりまくってます、ワラ。

とにかく、今を生きるって言うのは、不安定とも背中合わせなんだよなぁ。

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